学校新聞12回生卒業記念号 1989.2.25
確かな心の置き場を
諸君をいよいよ送り出すわけですが、最後に一つだけ話しておきたいことがあります。
それは確固とした心の置き場を持ってほしいことです。
1月14日の朝日歌壇に
「雪載せて長距離トラックひっそりと
仮眠している埠頭の夜明け
(横浜市)下島章寿」
という投稿歌が載っていました。
夜明け前から働く、おそらくお年寄りではと思いますが、その人が心に焼きついた情景を歌として書き留めようとするのです。夜通し走ってきて、運び入れまでの一時を仮眠している運転手への共感。
働く日々を大切にすることを確かな心の置き場としてきた人の投稿歌を何度も見ました。
時代が極限状況にある時もその事が問われます。
私の大切にしている本に「現代短歌」近藤芳美著(筑摩書房)があるのですが、その中に前線兵士の歌として多くの戦地詠が載せられています。
凶暴のさ中にあって人はどんな歌が詠めるというのか、私には思いもよらぬことでした。
昭和14年、侵(せ)め入った中国大陸で戦死した渡辺直己という人の歌が載せられていました。
「照準つけしままの姿勢に
息絶えし少年もありき敵陣の中に」
人を殺すことを至上とする戦場のさ中に正気を失うまいとすれば、壕の中であるいは固い寝床の中で手帳に書きつけるしかなかったのだと思います。
それでも彼は
「逼(せま)りくる戦の幻影に悩みつつ
いつしか吾も凶暴になりぬ」
と歌うのです。
戦場のさ中にあってさえも人間的なものを失うまいとするその心のあり様は、長い間育んできたものだとものだと思うのです。
不完全な自分、だめな自分を直視しながら、自分を確かなものにしていく、そういった道筋があると思うのです。
諸君はいろいろな状況の中で今日まで来ました。
明日からも一人一人違った状況で毎日が過ぎていくと思いますが、一人一人確かな心の置き場を作っていってほしいと願っています。
苦しいことがあったら、そんな時こそしっかりしてがんばり通してください。
幸せになるんですよ。
学年主任 広瀬
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